そのあたりのこと

まさか「日本人」の全てがつるっとした同一人格、画一的な人格だなんてあり得ないし、それはアメリカ合衆国の人にしても中華人民共和国の人にしたって同様でしょう。

様々な人がいる。全員が好戦的だなんてあり得ない。

アメリカ人の全員を恨む、アメリカ人といえば恨む…なんてことが可能なんでしょうか。どうやってツジツマを合わせるのでしょう。

この国に誰かが攻め込んでくるとして「攻める意思」って、誰の意思なんでしょう。例えば中華人民共和国の市井に生きる人が自主的に「攻めよう」と思って、政府に働きかけて、しかも自分が最前線に立って、わが国に攻め込んでくるんでしょうか。

なんだか、佐村河内さんの論理のようです。

ペリーがやってきた頃の日本人なら、あまりにも情報がなくてアメリカ人といえば「みんな赤鬼」と誤解するかもしれませんが、今は海外に渡航する人も少なくなく、webサイトには、あらゆる国のあらゆる人々に拠る個人的な情報が掲示されていて、かつてなく「リアルな外国、リアルな外国人」を知ることもできます。

つまり個人としてのアメリカ人を恨むことはできても、かつてのように、アメリカ人の総体を「鬼畜米英」みたいに恨んだり、敵視するのは不可能だと思うのです。

いったい誰が戦争をしたがるのか。

安倍さんは「例えば北朝鮮がアメリカを攻撃し」とおっしゃいますが、その北朝鮮って誰のことなのか。攻撃されたアメリカって誰なのか…

僕らは、そのあたりのことをよく考えてみた方がいいように思います。

そのあたりのこと」への2件のフィードバック

  1. Sachie の発言:

    外国人を「赤鬼」とひとくくりにした時代と、今現在とは逆のようだけれど、実際は似ているような気がします。一見、ちょっと見渡すと豊富にあるような情報だけれど、すべてではないにしても、それらは操作されていることがある思います。情報が正確で豊富にあると信じている人を騙そうとしているのだから、昔よりも更に悪質かもしれません。

    前にも書いたと思うのですが、「みんな」の論理と似ていますね。
    戦争をするのにあたり、人々の顔なんて見え無いんだと思います。

    猪瀬元東京都知事、佐村河内さん、さて、次に「時の人」になるのは誰なのでしょう。もうリストがあるのかもしれませんね。考え過ぎかな。

    • towniewalker の発言:

      おっしゃるとおりだし、状況が変わっていているとはいっても「夜明け」ほども明らかなものではなく、闇がうすらんできた程度なのでしょう。相変わらず盲目的な「フツウ」がマジョリティです。

      でも「ひきこもり」が社会問題化したり、社会から孤立化してセルフ・ネグレクトに陥る人、子どもたちを虐待する人。理由なき無差別殺人が横行したり「フツウ」が機能不全に陥っていることを象徴する出来事も続発しています。
      江戸幕府もダメになるだに復古的になり、最後は愚直なまでに一人一殺の「武士道」を愚直に貫こうとする新撰組の登場で終わります。つまり、治世はダメになったときほど、復古的に先鋭化する…僕は、そうしたことに準えて「今」をみています。

      安倍さんたちの治世も3年と続かないでしょう。逆に長期になれば離反するところがでてきます。日本の場合、反抗するというより「無視して勝手にやる」という形になると思いますが、そうしたことは、もう「流れ」としてはじまっています。

      コントローラーが瓦解すれば、指示待ちのマジョリティも変質します。もともとマジョリティは「白無垢の花嫁」、主体性はありません。マジョリティが安倍さんをつくっているというわけではないですからね。彼らはただ「うまい話し」に乗ろうとしているたけです。

      ただ、その次は、どうも群雄割拠になり、安定はしないようです。そういう時代は「セルフ・サービス」で切り抜ける力量が問われます。

      僕はそのための準備を怠りたくはないなと、やっぱりそこがテーマですね。

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