そのあたりのこと

まさか「日本人」の全てがつるっとした同一人格、画一的な人格だなんてあり得ないし、それはアメリカ合衆国の人にしても中華人民共和国の人にしたって同様でしょう。

様々な人がいる。全員が好戦的だなんてあり得ない。

アメリカ人の全員を恨む、アメリカ人といえば恨む…なんてことが可能なんでしょうか。どうやってツジツマを合わせるのでしょう。

この国に誰かが攻め込んでくるとして「攻める意思」って、誰の意思なんでしょう。例えば中華人民共和国の市井に生きる人が自主的に「攻めよう」と思って、政府に働きかけて、しかも自分が最前線に立って、わが国に攻め込んでくるんでしょうか。

なんだか、佐村河内さんの論理のようです。

ペリーがやってきた頃の日本人なら、あまりにも情報がなくてアメリカ人といえば「みんな赤鬼」と誤解するかもしれませんが、今は海外に渡航する人も少なくなく、webサイトには、あらゆる国のあらゆる人々に拠る個人的な情報が掲示されていて、かつてなく「リアルな外国、リアルな外国人」を知ることもできます。

つまり個人としてのアメリカ人を恨むことはできても、かつてのように、アメリカ人の総体を「鬼畜米英」みたいに恨んだり、敵視するのは不可能だと思うのです。

いったい誰が戦争をしたがるのか。

安倍さんは「例えば北朝鮮がアメリカを攻撃し」とおっしゃいますが、その北朝鮮って誰のことなのか。攻撃されたアメリカって誰なのか…

僕らは、そのあたりのことをよく考えてみた方がいいように思います。

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