きょうが1945年の3月9日なら

きょうが1945(昭和20)年3月9日なら、深夜、日付が変わった直後に爆撃が開始され、空から降ってきた油脂焼夷弾が、東京の下町一帯を焼尽していたはずです。

最初に、スクエアの頂点になる部分に集中して焼夷弾を投下。四角形に「炎の壁」をつくって、人々を囲い込んでから、中を焼くという作戦。火災の煙は1万5千メートルの成層圏に達し、攻撃側のB29の搭乗員たちも、あまりの臭気に吐いてしまう者が続出したといいます。

犠牲者は8万人とも10万人ともいわれていますが、未だに正確な人数はわかっていません。戦時体制も末期だったということもあるでしょうが、あまりにも悲惨な光景だったのでしょう。人々が冷静さを取り戻すのに時間がかかったのだと思います。

kyou_no_sora

これは、きょう(2014年3月9日)のヨコハマの空です。とても穏やかな晴天です。でも、これが1945年の東京、下町なら、今晩には、この空から「火のついたガソリン」が降ってくるわけです。

自分に向かって焼夷弾が降ってくる夜空を見上げる、その恐怖感とはどんなものだったのでしょう。きょうの穏やかな晴天に思います。

東京大空襲は 東日本大震災以降、さらに忘却の彼方に行ってしまったようにも思えますが、空襲を忘れるということは、この国で戦争があったということを忘れてしまうことでもあります。

安倍さんたちは、政府に協力して戦争の犠牲となった人には強く追悼の意思を表しますが、東京大空襲については公立のメモリアルもありません。

だからこそ、僕らは忘れない方がいい。

僕らは戦争を起こすことできません。でも、簡単に巻き込まれてしまうのです。安倍さんたちは最前線に送られることもなく、仮に空襲があっても、税金でつくった最も安全な場所にいることができるはずです。

一方、僕らは最前線に送られ、空から焼夷弾が降ってくる状況に放り出されるだけでなく、そんなこと無理なのに「その火を消せ」と命じられたりもします。

そういうことを、僕らは絶対に忘れずにいた方がいいと思います。

ーーーーーーーーーーーーーーー

I am writing one more blogs.  → From some townie-scene 街角から「空」を眺めるように社会を

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Google フォト

Google アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト /  変更 )

%s と連携中