失ってしまったもの

シャッター通りになってしまっている商店街の片隅に、ひっそりと和菓子屋さんが生き残っている…散歩していてときどき出会う風情です。

もう、自分のところでつくっているお団子や饅頭などは数種類、お店のショーウインドウの80%以上は仕入れものの、それもボウロなどの日持ちするものです。今なら「苺大福」など季節ものを一品入れて、あとは定番を数種類。餅ものと炭酸ものの両方を並べているお店はほとんどありません。

1980年代後半から90年代にかけて、和菓子界でも「質より量」の旋風が吹いていたことがありました。街場の和菓子屋さんでも機械化にいそしむ店が出てきて、そういうお店は「味」より「1時間あたりに何本の団子がつくれるか」であり、何店舗の支店が出せるかでした。業界団体もそういった店を積極的に評価し、売り上げが多い店の店主こそ幹部になっていくような状況がありました。

もちろん、そういう風潮に微動だにせずに「技能としての和菓子」を守り抜いてくれているお店もありましたが、街場では多くの店が風潮に呑まれていきましたし、技能でやっていこうとするお店は「変わり者」。ピンチになってからの行政助成も業界団体を通じて行われましたから「はじっこ」にいる彼らには、ほとんど手が差し伸べられることもありませんでした。

ときどき、散歩しながら、僕らは和菓子に何をしたんだろうと思います。

就業者として自治体職員や政府の役人になっていた僕ら。消費者として技能に気がつけず、店名というブランドに拠ってしまった僕ら。

でも、後悔、先に立たずなんでしょうね。失ってしまったものは大きい…

だからこそ、生き残ってくれた「技能のお店」に敬意を払い、大切に大切に愛でていく必要があるのだろうと思っています。

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