バラ色

この間、このブログにコメントをいただいて

再開発地に出店するとテナント料は高い。お客さんが支払える料金にはおのずと限界がある。…というわけで、素材に係る経費を低く押さえるしかない。だから再開発地ではマトモなものは食べれない。デッカいビジネス狙った経営者が出店する店舗も利益率からメニュー考えるから、やっぱりマトモなものは出てこないとした後

たぶん、もうすぐ変わると思います。変わるときは水に浮かべたコップに水を注ぎ続けたときのように、あっさりと、一気に沈みます。もうすぐ変わって、風通しはよくなるだろうと思います。もうしばらくのことだと思います。

と続けました。

こりゃぁ、ずいぶんと舌足らずだったなと、今、反省しているところです。

確かに「再開発」というビジネスモデルの先は短いと思っています。飲食店なビジネスも、牛丼チェーンや立ち食い蕎麦屋みたいなもの以外は、近く成立しなくなると思っています。

ただ

問題は「風通しはよくなるだろうと思います」の部分。これだけでは、ちゃんとした「食技能」を提供してくれる店の隆盛が期待できるようになるみたいにも受け取れます。

もちろん、確かにそういう部分はあるとは思っています。ステイタスのためにするような食事は下火になるというか、さほどカッコいい行為だとは受け取られなくなるでしょうし、ソムリエなワインも、そういうことが空気みたいになっている家に生まれついた人以外にはいらないものになっているでしょう。

そうなれば、街場の「食技能職」が再評価されるようになるでしょうし、「うち食」が増えれば、食材へのこだわりも少しは厚みを増し、その「こだわり」も一般的なものになっていくのだと思います。

でも、世の中が困窮してしまうから、再開発なまちづくりやバブルな飲食チェーンが成立しなくなってしまうという側面もあると、僕はそうも思っています。

クルマや家を持たずに、海外に行くこともなく、マトモな食事にはお金をかけるという人も増えると思います。でも、それでも、そういうふうにしてもマトモな食事に届かないという人も少なくないのではないかと思っています。親世代の介護負担も教育費も税金も、これからのこの国に生きている限りは重くのしかかってくるのでしょうし、自分たちの人生も、この50年ほどの間には考えられなかったほどに不安定なものになってしまいます。だから、多くの場合は量産品と農薬付けの輸入食材と工場生産されたような野菜の中に埋もれていくしかないんだと思っています。

風通しはよくなるが、そこに届かない人はたくさんいて、そうした人たちの食生活は、現状よりもさらに澱んだものになる…

つまり、僕は、将来の食生活=バラ色とは思っていない…というか、思えないのです。

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