JAPANESE GIRL

きょうは20時30分を少し回ってから歩きはじめました。TBSラジオでピーター・バラカンさんの話しを聞きながら、1時間半くらいだったでしょうか。お話が面白かったのであっという間に時間がたってしまいました。

その中で、ピーターさんは、リトル・フィートのロウェル・ジョージは「今でも僕のヒーローのひとりだ」とおっしゃっていました。

ああ、やっぱりそうなのか。そうだよなと思いながら、僕は矢野顕子さんのデビュー・アルバムのことを思い出していました。

リトル・フィートをバックバンドに従えて、当時、音楽好きの中でも少数の人しか知らなかった顕子さんがデビューしたときの鮮烈さ…今もはっきりと覚えています。

(僕が、あのアルバムに初めて接したときの「衝撃」は、初めて仏像というものの存在を知ったときの日本人の「衝撃」に匹敵するんじゃないかと思っているくらいです)

リトル・フィートの名声は、もちろん顕子さんのデビュー前から知っていましたし、無名の新人がそのリトル・フィートを「従えて」ということも驚きでした。でも、そんな理屈っぽいことはどうでもいいくらい「顕子さんの音楽」にぶっ飛びました。嘘か真か、レコーディング後に、充分に顕子さんをサポートできなかったとしてロウェル・ジョージが謝罪。ギャラを受け取らなかったという話しが伝わっていますが、顕子さんの音楽の文法は、あの頃まだ誰にも理解判できないほどに、先を行っていたのかもしれません。

僕は、その後、そのアルバムの中にあった「電話線」という楽曲の完全コピーを目指し、何度も何度もレコード盤に針を落としました(当時)。カッコいいと思って自分のものにしようとしたというより、少しでも「電話線」に近づきたかったのだと思います。

最近またiPadで、そのデビュー・アルバム「JAPANESE GIRL」を聴き直していますが、1976年発売のこのアルバム。やっぱりとんでもないアルバムです。

聴くたびに、新しい顕子さんに出会っています。ホントに大きな人です。

矢野顕子「JAPANESE GIRL」1976年(現在のCDは2011年、ミディから)

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