さて、今

今にして思えば、武士の時代を終わらせたのは「時代」です。変化した時代が「武士の時代」を拒絶し、だから、武士は退場を余儀なくされた…

でも維新直後、戊辰戦争の勝利者側、特に兵隊さんたちは、自分たちが勝ったから、幕府を頂点する朝敵側が滅んだんだと思っている。だから、自分たちまでもが「必要がない」ということになると「話しが違うじゃないか(勝ったのに)」ということになり、佐賀の乱や秋月の乱や西南戦争ということになったんだと思います。

でも、戦争があって敗者だけが消されたのではなく、武士そのものが「いらない」というのが時代の要求。でも、そんなことは百何十年という年月が経って、やっと判るようになるのでしょう。

もしかしたら龍馬さんは「武士の時代」が過去のものになることを見通していたのかもしれません。もしかしたら西郷さんもそうだったのかな。でも一般的な「武士」の中に、「武士階級」の滅亡を予見していた人は、ごくごく少数だったようです。

でも、龍馬さんや西郷さんが武士階層でも最下層の出身だったように、幕府直参でも最下層の徒士組あたりからは、見事に時代の変化を読み切って明治の世にステップアップしていく人がいたようです。もちろん、そんな人は少数ですが、武士の世にこそ安住できた階層に属する人たちよりは成功者が多かったようです。

武士の世が盤石でなくなてきていることはたいていの武士に予感されていたようで、でも次時代がイメージできず、従って自分をどう変化させていってよいのかもわからず、時代のすう勢に身を任せるしかないような状態に追い込まれていったようです。

もちろん、あの時代に退場を余儀なくされたのは「武士」だけではありません。電信や近代的な郵便制度が整えられれば「飛脚」は退場を余儀なくされました。

さて、今…この時代をどう生きるか。

大きな分水嶺はそこに迫っています。

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