俺たちの旅

「俺たちの旅」は1975年〜76年、日本テレビ系列で放送されていたテレビドラマです。主演は中村雅俊さん、これに田中健さん、秋野太作さん、金沢碧さんが絡んで展開する青春群像劇ですが、同時に大学生から社会人へという過渡期に、会社員というスタイルに馴染んでいけない若者たちの物語でもありました。

中村雅俊さんは有名校ではないが大学のバスケット部のエース。就職活動はほとんどせず、その日を自由に楽しむためにアルバイト生活。金沢碧さんは、そんな中村さんの将来を心配するバスケット部のマネージャー。田中健さんは堅実なサラリーマンを容認しつつも、引っ込み思案でなかなか上手くいかない…そこに彼らの先輩格であり先に就職していた秋野太作さんが会社社会の不条理さについていけずに会社を辞め、東大浪人生だった森川正太さんを加えて、便利屋を立ち上げる…

1975年〜76年といえば、現在52歳の僕は中三から高校一年生へというところです。そんな時代から「七生報国」から「24時間、戦えますか」へと続く時代の働き方や生き方に対してのアンチ・テーゼや疑問は、その頃すでに明確になっていたということです。

(ちなみに「24時間、戦えますか」は時任三郎さん出演の栄養ドリンク・リゲインのTVCMの惹句です。1988年、いわゆる「バブルの絶頂期」に放送され、流行語になった言葉。あの頃は働けば働くほど儲かる気がしていたんですが、仮に24時間戦っても、儲かったのは会社だったんだと思います。「自己実現は仕事で」ということにも何も疑いを持たなかった時代でもありました)

「俺たちの旅」は当時の日本テレビ日曜8時枠で唯一、1年間を通じて放送された人気番組。NHK大河ドラマの裏に当たるのに、当時の若者の圧倒的な支持を受け、半年の放送予定が1年に伸びたという伝説の番組でした。

(あの「踊る大捜査線」がそうだったように後日談を語るスペシャル・ドラマは1985年から2003年まで製作されました)

つまり、「俺たちの旅」は、無視された番組ではなかったし、当時の若者の気持ちを代弁したからこそ若者に支持された番組でもあったはずです。でも、大卒至上主義、安定いた就業先を確保するために少しでも偏差値の高い大学へ行くという世の中の風潮は変わらなかったし、番組を支持した若者たち自身をして、それを否定することはできず、彼らも、会社員でなければ変わり者で怠け者というレッテルを貼る、フツウの大人になっていきました。

なぜ、変化が明確になるまで40年近くの時間が必要だったんでしょう。1970年代の半ばには、あんなに明確な疑問が投げかけられていたのに…

やっぱり、お金かな。それに会社員ならば一生が保障されていたわけですしね。

確かに、自由よりそういうことは大切ですからね。終身雇用制が崩れるまでは「俺たちの旅」も始まらなかったということなのかもしれませんね。

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