いっぱしの職業人になれた人だけ

先進国として先輩だったからか、欧米では1980年代くらいからそうだったと思いますが…

そろそろ、わが国でも、人をはかるモノサシが「今、どこの会社に勤めているか」といことより「今までにどんな経験をしてきたのか」ということに転換しつつあるようです。若者こそ、会社員に一生の人生設計を託す人が少なくなり、ノマドワークにしろ、フリーランスにしろ、あるいは終身雇用とは思えないNPOで働くことなどが、これだけ市民権を得てくると次は「今までにどんな経験をしてきたのか」への転換です。もうすぐだと思います。

たぶん「○○という会社に勤める会社員の妻(専業主婦)」という女性の職業名詞も、もうすぐ過去のものになっていくでしょう。

1980年代の欧米では、すでに「一家」と知り合うと(例えば)お父さんは貿易商、お母さんは外国に在留するどう邦人を援助するボランティア、兄は浮世絵のコレクターで、その奥さんはシュタイナー学校の先生。私は放送局のリサーチャーで、旦那はミュージック・プロモーター等々、まずは家族全員の職業で紹介するというのが(中産ぽい都市民の)スタンダードだったと思います。これからは日本も恐らくそうなっていくのかなーと思っています。

僕らが若い頃は、まだまだ役所と会社の言うことを聞いていれば一生喰わせてやるよという時代だったんだと思いますが、これからの役所や会社に、そうしたことを担保する実力は残っていないのだと思います。たぶん、欧米でも(先に)同じような変化が起こったんでしょう。そして、仕方なく、彼らは、いっぱしの職業人となって自分のことは自分で養う習慣を身につけていったんだと思います。

言い方を変えれば、いっぱしの職業人になれた人だけが生まれた国に残れたのかもしれません。あの頃の欧米でも、マニュアル・レーバーな仕事ほど外国人ばっかりで、今や夢の国のように語られているスウェーデンにおいても、工業生産から情報生産へと上手く移行できなかった就業者はどんどん国外へ出ている時期でもありました。

僕は、ある国が工業生産時代を迎えて経済の高度成長期を迎え、文化的に成熟して情報生産時代になっていく…この流れの中で求められる職能の変化(転換)に適応していくということは、これは個人で対応するしかないと思っています。

(工業生産時代なら、みんなで同じことすればいいわけですが、情報生産は「それぞれの個性」に拠るわけです。故に、お役所や会社が指導といっても限界があるんだと思います)

勝手に変わってしまったのは「時代」の方で、こちらは被害者みたいなもんなんですが、それでも、求められているのはセルフ・サービスなんでしょうね。

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