それなりに黎明

僕は1961年の生まれですから、会社員と専業主婦、子どもが二人いる「いわゆる標準世帯」になって、マイホームを持つというのが「人並み」の「幸福の像」だと考えられていた時代の子どもです。しかし、なんだって「会社員と専業主婦、子どもが二人いる標準世帯でマイホームを持つ」ことが幸福だったのか…その理由が判りません。なぜだか、周囲に先駆けて、それを実現できれば、より鼻高々になれる気にもなっていたのに、それが、なぜ幸福なのか(両親を含めて)あまりよく考えてみることはありませんでした。

ジョン・ダワー博士は、第二次世界大戦当時の全体主義的な傾向は、戦後のこの国にも継承されたとおっしゃっていましたが、その幸福の正体を顧みることなく、その実現に向かって一生懸命働いてきたあの頃の日本人って、確かに洗脳に近い教育を受け、隣組の眼を恐れつつ、知らず知らずに、それに同化して生きてきたのかもしれません。

でも、今はwebの中に無数のコミュニティがあり、無数の情報発信源があるという時代です。巨大掲示板についてはずいぶんコントロールが効くようになってきたようですが、それもデカいが故のことでしょう。小さければ管理しきれないし、管理したくともモグラたたきなもんなんだと思います。

デジタル・ネイティブな世代の方は自然に学校教育が用意したレールから離脱し、マスメディアの情報からも距離をとろうとしています。距離をとってもオンライン・ゲームという新しいマスの中に安住する方もいれば、相変わらずディズニーランドに幸福を見いだす方もいらっしゃるでしょうが

自分で考えて、自分の人生を歩み出そうとしている方も少なからずいらっしゃるのだと思います。

いずれにせよ、はぐれ者、変わり者には「居場所がない」という時代は終わりにないそうです。

かつての全共闘世代のように感情的な闘争に持ち込むことなく、マジョリティはマジョリティとして肯定しつつ、自分たちの居心地を確保しようとするような「冷静なマイノリティ」の像も固まってきつつあるんだと思います。

それなりに黎明なんだなーと思います。

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