公共政策

神戸市も三宮あたりのにぎわいは、東日本大震災以降の東京以上かとも思います。かのセセッションのある御影あたりの住宅街にも、もちろん荒れた様子はありません。

でも、かつて三宮と比肩したという六間道の商店街にかつての面影はありません。周辺の商店街も再開発は竣工したが、賃料、地代などが高くなっただけで、再び来街者を呼び戻すには至らず、退店、廃業の流れに歯止めはかかっていないようです。

自力での再建力があった街、人。再建力がなかった街、人。それで差がついたとしたら、政府や自治体は何をしていたのかということになります。公共政策は貧しき人々のための政策。貧しき人々にも教育の機会を与え、医療施術を保障し、生活の安寧を保障する。そして、その公共政策を充実させることが、本来は市民社会以降の時代を生きる僕らの文化です。

でも、地震が人々の生活を破壊したのは事実だが、決定打を与えたのは公共政策の不備です。

普段の僕らは先進国の一員だと胸を張っているのかもしれません。でも、この格差を看過する僕らの民度とはいかなるものか…

お役人のせいとばかりはいっていられないのかもしれません。

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