復興のこれから

これは、2006年の8月、JR新長田駅近くで撮った写真。僕は震災前のこのあたりの風情を存じ上げないのですが、このときすでに切ない状況になっていたようでした。

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生活者は、明日だって明後日だって、いや今日だって生きていかなければなりません。。だから区画整理が進められる、その数年を待つことができません。そして、その街が、新生の産声を上げる頃には、街はすでに歯抜けの状態になっていることも、しばしばです。

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多くの人々が、その街を去ってしまえば、彼らを相手に生計を立てていた商い、技能の人々も苦境に立たされます。我慢の末に、ようやく故郷に戻ってきた人こそが、また苦労を背負い込むのです。確かに東日本大震災は2年前のこと、阪神淡路大震災は18年の出来事ですが、18年たったからといって支援の必要がなくなったということではありません。

2枚の写真を撮影したのが2006年。あれから7年が経過して新長田駅周辺の街並、その空白もずいぶん解消したと聞ききます。でもGoogleのストリートビューで確認する限り写真に映る空き地は今もそのままです。

復興には百年の計で臨まなければならない。でも、だからこそ当面できることには迅速さが要求されるのだろうと思います。そこでの遅引は「百年の計」を「百二十年の計」「百五十年の計」へと引き延ばしていくのでしょう。もちろん被災した人々にその努力を押し付けることはできません。つまり、被災していない、あるいは軽微だった者が復興にどう取り組んでいるのかということに拠る野田と思います。

僕らは「百年の計」を「九〇年の計」にする努力をしているのか。それとも「二百年の計」にしてしまうような態度でいるのか。被災しなかった多くの人々の心根が試されているのかもしれません。

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