働く人たちのArtやDesign

同級生や先生方など、美大で僕の周囲にいらした方々が持っていらっしゃる「常識」みたいなもの。彼らの考え方のベイシックにあるスタンダードっていうのかな。そういうものに違和感を感じて、さりとて、それ以上の拒否感もなく、ただ鬱々としていて困っていたことがありました。

そんなとき、出会ったのが土岐哀果という人。

浅草生まれ。島村抱月に師事し、晩年の啄木と過ごし、戦後は早稲田大学の先生になっていた人です。お亡くなりになったのは1980年。僕が美大に進学する直前までご存命でした。

吾人は芸術の徒である。しかしながら吾人はかの瞑想的、遊戯的、耽溺的、退廃的なる空虚芸術の徒ではない。吾人の芸術はすなわち吾人の生活である。吾人の生活は即ち吾人の芸術である。吾人は生活と芸術との一致に住し、芸術と生活との融合に安んずる者である。

以上の文章は、土岐哀果が中心となって発行されていた「生活と芸術叢書」という本のシリーズの「発刊の辞」からの抜粋。大正から昭和の初期にかけての文壇の動きを紹介する本で、この文章に触れて、自分だけが「変」というわけでもないんだなと思いましたし、心から安心しました。

つまり…

僕は、Artの「不労」っぽいところが、どうも申し訳なく、そういうこうことについてまったく意に介さないか、下手すると「気にすること自体が下品」みたいな雰囲気さえある、あの世界の雰囲気がたまらなく嫌だったのです。

もう少し引用させていただきます。

吾人の生活は社会的生活である。従ってまた吾人の芸術は社会的芸術である。
しかも社会進出の基礎は科学である、経済である。
故に吾人の叢書は芸術の叢書であり、生活の叢書であると同時に、また科学の、経済の、叢書であらねばならなぬ。

この一節にも大共鳴しました。

僕は、Artこそ政治や経済から距離を置くべきだと考え方や、逆に政治=闘争なんだという考え方に違和感を感じていました。むしろ、調和のとれた社会を実現するために、政治を文化的にとらえることが必要だと思っていましたし、そのためにはArtやDesignの考え方が重要な役割を果たすと考えていました。

今にして思えば、美大にあるようなArtやDesign、確かに「稼いでこなくてもいい人」たちのものだったんでしょう。それが、やっとこさブレークして、働く人たちの階層が参加できるようになって間もない…

土岐哀果の「生活と芸術叢書」は大正期の叢書ですが、あの時期をブレークスルーの黎明期だとしても、まだ夜は完全には明けきっておらず、主流としてはArtやDesignは、未だに「稼いでこなくてもいい人」たちのもの(だから、政治や経済のことは考えず、もっぱらArt の中味に没頭していればいいんだと思います)。もうすぐ100年になりますが、少し様子が変わってきたのは最近のこと。もしかしたら、僕が、このブログに音楽や絵画のことと政治や社会体制のことを並列的に書くことに違和感を感じる方もいらっしゃるのかもしれません。

でも

これが、働く人たちのArtやDesignとのつきあい方だし、闘争のための政治を終わらせるための方便だと思っています。

憧れのステイタスへと上り詰めていくことを目標にするんじゃなく、自分たちの生活文化をありのままに愉しむ人が増えればと思います。

そうすれば、僕らが住んでるこの社会も、もっと住み心地がよくなるんじゃないかとか…僕はそんなふうに思っています。

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