「食」こそ総合芸術

学部の学生だった頃、映像音楽の先生からは「映画こそが総合芸術だ」と教えられました。

シナリオは文学だし、装置は美術的だし、音楽は音楽。そこに演劇が加わり、ライティングという20世紀的な手法が加わり、そうしたアンサンブルを、やはり20世紀的な「録画/録音」という技法のなかに集約していく…だから総合芸術だというわけです。

でもね…

食材を発見し、対話し、煮るのか、焼くのか、蒸すのかを決め、その煮炊きにも微妙なさじ加減が必要だから、火にも水にも詳しくなるべきだしという「料理」は、もちろん、道具の使い方だけでなく、デザインにも関わるんだから、まさに「総合芸術」。それに料理された後だって、「器」だけでなく 「盛りつけ」もアート&デザインなわけだし、食卓にどんな音楽が流れているか、サウンドスケープがあるか、ライティング・デザインだって関わってくる…あくまでも「作品をつくるまで」の映画よりも「総合」の「総合」度合いがやたらと広範なわけです。

それに

映画は観る人の心理的な状態とは連関しませんが、「料理」の場合、食べる人が健康を害していれば、それだけで美味しくはなくなってしまうし、もしかしたら「幸福かどうか」までもが関わってくるのかもしれない… 恐るべし「食」「料理」。

しかも

「食事」は、左脳的な知識だけでなく、五感のすべてを動員して愉しむものだし、あまりにも奥が深い…。

もちろん「食」や「料理」にも、こちらに含蓄を要求してくるものもそうでないものもあるわけです。そのあたりは映画と同様ですが、B級にこそ、返って含蓄を要求してくるものがあるのが「食」「料理」だけの醍醐味かな。

「食」こそ総合芸術。僕はそう思っています。

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